カテゴリ
ブログ内検索
ブログランキング参加中!

にほんブログ村 その他日記ブログ オタク日記
blogram投票ボタン

RSSフィードリーダー
Archiveα+Daycount
最新コメント
最新トラックバック
リンク
ブロとも様一覧

日だまり喫茶店 -felice

たっつんの日常日記

誰よりも楽しく普通のこと

とある天邪鬼の暇生活

青く輝く月の下で ~Under the shining B.L.U.E. moon~

聖徳TAISHIの気まぐれブログ

カキさんの面白いものを探し隊

とある猟奇の上段蹴撃

好きなゲームを気の向くままに!

LEVEL5-judgelight-のギターソロが弾ける程度の能力を目指して

小説家になりたい小者の世迷言

京童ノ口ズサミ十分ノ一ヲモラスナリ

独り身オタクとハムスター

踏切横丁

読書感想未満、駄文以上。(ライトノベル感想他)

狐桜の体験記

洋画すきやねん

地方で副業ブログ

Henry Le Chatelier

ハレイロな日々 

★ Supaku Blog ★

ケフィアのまったりダラダラ

それでも地球は回ってる

さとしのブログ

Twiceのリリカルでマジカルでしかもvividな創作ブログ

Advance Every Diary~日録自叙伝~

ニコ動とアニメとゲームに追われる日々(>_<)

空を飛部

駄文日記を書いてる人

朱雀 翔

Author:朱雀 翔
はじめまして、管理人の『朱雀 翔』と申します。
兵庫県在住です。

良く言えば古き良き80年代アニメブームの生き残り。
悪く言えば化石化した元アニオタです。
現在はオタクと呼ぶには知識も少なく、ただのアニメファンになっております。

仕事は、パソコン教室の講師と文筆業のWワークです。
文筆業は主にインターネットを活躍の場とするゲームシナリオライターの仕事をしており、ドラマやアニメの脚本も書けます。
文章は凡庸で面白味に欠けますが、「誰が読んでも分かりやすい」との評価を得ております。

人見知りですので、初対面では口数少なく、大人しい印象を持たれます。

○好きなアニメ
アニメは雑食ですので、BL系や極端な幼児向け以外なら何でも見ます。

○その他
アニメやゲーム動画などの二次制作物を好みます。

こんな管理人ですが、どうぞよろしくお願いします。

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

朱雀 翔の仕事先

宵闇幻影奇譚
現代伝奇ファンタジーPBW 宵闇幻影奇譚


朱雀 翔の異界(個室)
タイガ警備保障 心霊対策課『分室』バナー


あなたと!あるてぃめっとステージ あなたと!らぶてぃめっとステージ


↓以下、過去の仕事先↓
Catch the sky ~地球SOS~


バロックナイトイクリプス
友人サイト様
【~Ambitious~】えぼるぶ
登録検索サイト様・他

駄文同盟.com 【全創作系個人サイト検索エンジン!】 ディレクトリ型検索エンジンdtn 検索エンジン Mono Search

バナーリンク
カウンター

早苗さんのお告げ

訊きたい事を念じてから
早苗さんに訊いて見ましょう。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

6×8は正解でも8×6では不正解とな? 簡単な事を難しくするから、落ちこぼれる生徒が増えるのですが……

 こんばんは、朱雀です。
 今回は少し真面目な話題を取り上げてみました。

 下記の答案用紙と回答なのですが、何だか色々とおかしくありませんか? 

6×8は正解でも8×6はバッテン? なんじゃlこりゃ!?

 今の小学校では『言葉遊び』の要素も取り入れられており、非常に屁理屈に凝り固まった小難しい教育を行っているようです。

(ソース)
■オルタナティブ・ブログ
 http://blogs.itmedia.co.jp/magic/2011/12/6886-2d5b.html

 8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。

 ご覧のように、「8×6」だとバッテンで、「6×8」だと正解らしい。何じゃこりゃ。僕がテストを受けたとしても「8×6」と書く。
 だって問題文はその順番に書いてあるから。
 さらに答の48本もバツ。丁寧に赤ペンで48本と直してくれている。さらに意味不明。

★娘にヒアリングしてみた

「何でバッテンだったか、先生説明してくれた?」
「単位が違うと、式の順番が違うんだって」
「? 意味分かる?」
「全然分かんない」

「じゃあ・・ウサギには2本の耳がある。ウサギは4羽いる。耳は全部で何本?」
「ずつ、が入ってないからどっちが先か分かんない。答えは8本だけど」
「じゃあ・・ウサギには2本ずつ耳がある、だったら?」
「それなら、2×4=8本」

「ずつ」がある方を先に書く、と覚えている訳です。
 うーむ、教育上じつによろしくない状況ですな。

★かけ算では書く順番が大事??
 不思議に思って「かけ算 順序」などでWebを検索してみたところ、状況が見えてきた。
・どうやら今の小学校では、かけ算の記述順にこだわりがあるらしい
・こだわりの順序とは逆に書くと、×にする教師が多い
・当然ながらそれについては論争があり、×にすることに対してナンセンスという意見もある

 赤ペン先生で有名なベネッセが「かけ算の順番が逆だったらバツにすべきだよ派」らしいので紹介したい。

 かけ算の式は「一つ分の数」×「いくつ分」の順に書く約束になっているので、問題文から正しく読み取って、その通りに式をかけるようにしましょう。
 小学校では、式の意味を理解することが大切なので、このような約束があります。

 どうやら、「6×8」と書くと「6本×8人」を意味するのだが、「8×6」と書くと「8本×6人」を意味することになってしまうのでNGということらしい。

 僕はこれを読んで益々考え込んでしまった。そもそもこんな約束あったっけ?わり算だったら、書く順番は大事だ。でも、かけ算にはどうでもよくね?
 日々かけ算を使っている僕ら大人が知らなくても困らない「約束」って、存在意味があるのだろうか?
 そしてこの「約束」に従って採点することは、数学的にどうなんだろうか??

★反論その1: a×b = b×a

 数学では「a×b = b×a」であって、「a×b ≠ b×a」ではない。
 よって「6×8」が正解ならば「8×6」をバツにするのは誤り。

 正直、これ以上なにも言う必要がないと思う。学校で間違ったことを教えてはいけません。以上。



 その他にも気がついたことを少し……。
 まずは式と回答で点数を別けている事ですね。回答だけ合っていても式が間違っていた場合は意味を成さないので、本来は別ける必要など無いのです。
 別けて考えるから『解き方を正しく理解出来ないまま、安易に答えだけ帳尻を合わせてやり過ごそう』と考えてしまう生徒が増える事に早く気が付くべきですね。

 上記の記事でも書かれていますが、要するに『8×6=6×8』ですので、この場合バツはおかしく、三角にしておくべきです。
 赤ペンで答えを書いていますが説明不足も甚だしく、これを見た生徒はなぜバッテンなのか全然理解出来ていないはずです。
 この状態のまま次のステップに進んでいく訳ですから、落ちこぼれる生徒が後を絶たないのは当然の話といえます。

 単位のない数式であれば正解である事もしっかりと説明し、その上で、問われた単位の合った式で書くように指導していくのがベストなのではないでしょうか。
 8×6=48の回答を、堂々と不正解として扱われたら、「えっ!????」となってしまい、何が正解なのか、子供の脳では理解の限界を超えると思います。
 そのパニック状態から単位がどうのといった説明をされても、絶対に頭に入る事はありません!

 学校教育というのが『バカ大量製造機』と言われる所以のよい証左だと言えますね。
 簡単な事をさも難しくしていくのが今の学校教育であり、大きな問題だと言わざるを得ません。
 単純なものは単純でいいのですよ。そうでないものは、もう少し学年が上がってからもう一度教え直す方が理解力の点で生徒の(脳への)負担も少ないように思われます。
 えっ、ゆとり教育だから再教育の余裕は無いのですか……そうですか(^^;)

 今時の小学生って本当に大変なんですね……。私が小学生だった時には、どちらでも正解にしてくれましたよ。
 48本が必要な事に、何ら変わりはないのですからね。

 これが所謂『受験脳』というやつでしょうかw

テーマ:気になるニュース
ジャンル:ニュース

Comment

>C-MOG・八木浩明さん
こんばんは。コメントありがとうございます。
老子までご存知とは驚きです。
確かにナンセンスですよね。

老子といえば、私は27章も当てはまる気がします。

善く行くものは轍迹(てっせき)無く、善く言うものは瑕*(かてき)無く、善く数うるものは籌索(ちゅうさく)せず。
善く閉ざすものは関鍵(かんけん)無くして而も開くべからず、善く結ぶものは縄約(じょうやく)無くして而も解くべからず。
是を以て聖人は、常に善く人を救う、故に人を棄つる無し。
常に善く物を救う、故に物を棄つる無し。是れを明に襲(い)ると謂う。
故に善人は不善人の師、不善人は善人の資、
其の師を貴ばず、其の師を愛せざれば、智と雖(いえども)も大いに迷わん。是れを要妙(ようみょう)と謂う。
(訳)
よい走り手は足跡を残さない。
よい話し方は反論の隙(すき)を留めない。
計算の達人は計算道具を用いない。
戸締まりのよい戸は、かんぬきなどしてなくても、外から開けることはできない。
よく結ばれた結び目は、縄も使っていないのに、ほどくことはできない。
そのように聖人は人を助けるのがうまい。というのは、“全く無用な人間”といった者はいないからだ。
また聖人は,物を粗末にしない。というのは、“全く無用な物”といった物は無いからだ。
これは“明(明知)のかすめ取り”といわれる。
こうして善人は“悪人の師”であり、悪人はまた“善人の教材”でもある。
このような師を尊ばず、このような教材を慈しまない者は学んだと称してなお迷いからさめていない。
そういうことこそが極意なのだ。

このような事を反面教師として行く事も、長い人生においては必要なのかも知れませんね。
善き事ばかりですと、悪しき事を判断する基準が見えないので、分別が付かない大人になりそうです。

「老子」から見える、表記の違いをやたらと大きく問題視するナンセンスぶり

「......上礼は之を為して、しかも之に応ずるなからば、則ちひじをあげて而して之にむかう。......夫れ礼なる者は、忠信の薄きにして、乱のはじめなり。前識なる者は、道の華にして、愚の始めなり。......(......高い礼を身につけた人は世の中に働きかけ、そのうえ相手が応じないと強引に引きずりこむ。......礼とは、まごころが薄くなったもので、混乱の起点である。先を見抜く知識とは、道の徒花で、愚昧の起点である。......)」
「老子」第三十八章にあるこれらのことばは、今回紹介された、1×1行列の乗法交換法則における、数式の表記法にあるとされる意味の瑣末な違いを、やたらと大きく問題視することのナンセンスぶりを示す、ひとつの例であるような気がしてなりません。

>chocolatiere*catさん
こんにちは。訪問ありがとうございます。
算数嫌いが増えているのは、結局の所こういった事で生徒に対して、訳が分からない状態を作り出していく事のような気がします。
例えば大人になって、問題のような回答を上司に求められた時、「掛ける数がアレで……掛けられる数が~」とやっていたら、隣にいる同僚に先に答えられてしまいます。
当然上司は「こいつ掛け算も出来んのか」となる訳で、48という答えを即答できる事に意味があるようにも思われます。

こういった回答の求め方は間違いではないと思いますが、小学2年生に厳格な式を求めるのは何か違う気がしますよね。
言葉の理解力や持っている語彙力も含めて未熟な彼らに、理屈を説いても理解の範疇を超えています。
ゆとり教育が生徒の理解力に対して「ゆとりになっていない」とは本末転倒も良い所ですね。
コメントありがとうございました。

はじめまして

はじめまして。メリクリです。
ブログ訪問ありがとうございます。

はじめ写真を見て頭の中が?でいっぱいになりました;
小学校卒業者でも?なことですよ…。
現役生が?でいっぱいになるのは当たり前です。
(途中で頭が混乱して、涙がでてきそうになりました。)

アメリカでは順番がきっちり決まっているのですね。
初めてしりました。
でも、アメリカは算数の教師が全員そういう考えでしているのだから?にならないわけで
日本は算数の教師がバラバラに自己理論で考えているから?になるんだと思います。
(もはやアメリカのマネすればいいとでも思っているようにもかんじますが…。)

はっきり言えることは
・脱ゆとりの行先があやふやになってる
・自分が現役生だったらパニックになっていた
という2つです。

また来ますね。

>黄輪さん
こんばんは、訪問ありがとうございます。
小説サイトを時々拝見させて頂いております。

ふむ……となりますと、私の直ぐ後くらいからそうなって来たのかも知れませんね。
それとも私の担任が、バッテン反対派だったのかも知れません。
賛成派の先生方の言い分も分かる話ではあるのですが、そこまで杓子定規にしてしまう事が人間性の育成に支障をきたし、型に嵌った融通のきかない、応用力の乏しい人間を量産して行く事への危険性も考慮に入れて欲しいものですよね。
鉄は熱いうちに打てと言う観点で、今のうちから細かいルールに則った式と回答を行わせようというのが狙いだとは思いますが、そうであればこそ、のりしろを残した余裕のある教育も重要だと思いました。

なんだかコメントの方が本文よりもいい感じに書きたい事が書けてる気がします(汗)
あまり良いコメント返しになっておらず、申し訳ありません。
コメントありがとうございました。

はじめまして、黄輪(おうりん)と申します。

自分が小学生だったのは20年近くも昔のことですが、
全く同じ状況に遭遇したことがあります。
設問内容もほぼ同じ、「B個をA人にあげるとすれば、合計いくつになるか」。
自分も単純にB×Aと答え、わけの分からないうちに×をもらいました。

なるほど、確かに先生方の言わんとすること、教えようとする趣旨は分からないでもない。
分からないでもないんですが、これをそもそも、算数で教えることがおかしいのでは? とも思います。
結局のところ、「なぜ×をもらったか」が、×を受けた当人には、本当には理解できないまま。
「論理を進めていく上で、B×Aではおかしい」
と言うのが、先生方の論拠であると思うのですが、
そんなことを言うのなら――どうせ小学校の教育であれば、
算数も国語も、同じ先生が受け持つのだから――
授業1コマ分の45分間をすべて割いてでも、
分かるまで説明すべきではないか? と思います。
それを単に×を付け、ささっと「ダメなものはダメ」とにべもなく説明するだけでは、
教育とは到底呼べない気がします。

コメントありがとうございます。

>なぎサー。さん
こんにちは。
本当、イラッとしますよね。
元ソースのブログを、コメント欄も含めて全て読んでいくと、バッテン派には彼らなりの考えがあって行っているのだと言う事が見えてきます。
とは言え、やはり理解しがたいので取り上げさせて頂きました。
結局の所、算数の成績は先生次第で変わってくるのだという事が、これで証明された様なものです。

>リードマンさん
こんにちは。
残念ながらネタではなかったです(^^;)
アメリカではこんな感じで教えられているようで、日本もそれを採用しているというのが現状のようです。

寄せられたコメントにこんな記述がありました。

米国の場合を考えると、3×4は「three times four」ということで、「4が3個」という意味になり、3×4=3+3+3+3とすると間違いであると×にされます。
このことから、米国でも「かける数」と「かけられる数」の順序に違いはあれど、その意味あいを重視する点は変わらないということがわかります。
したがって、米国の小学校でも「8人にペンをあげます。1人に6本ずつあげるには、ぜんぶで何本いるでしょうか。」の式に「6×8」と書けば×にされることでしょう。
このように、「かける数」と「かけられる数」という概念は世界にも存在するものであり、決して「ガラパゴス」的なものではないと言えるでしょう。

というものです。
うーん、難しいですね。

え? これなに?
ネタじゃないんですよね?

今の学校の教育って、これほどまでにおかしくなってるのか・・・

見てびっくりしました!!
今はこんなことになってるんですね・・・

私も読んでてその先生にイラっとしました><

くーらさんに同意です!!

>くーらさん
こんばんは、訪問ありがとうございます。
あ、そう書けばよかったですね(汗)
頭に血が上っていたせいか、言葉足らずに終わっていました。
私もくーらさんの意見に賛成です。

いずれにしても、両方ともバツにしてしまうのは余計な混乱を生徒に与えるので、拙いですよね。
コメントありがとうございました。

答えにいたるまでの式が△

答え自体には○

だと思う私の考えであります。
これで式、答えともに×とかつけちゃう教え方では
算数、数学が嫌いになっちゃう生徒さんで出そう…
非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
class= class= class=tltl class=tltl class=tl class=tltltltltltlp class=tltltltltl